10.牧風村②

◎12年前の行方不明事件
1916年4月30日に行方不明になった子供の家族や当時を知る村民から聞ける情報。

・子供たちの関係
当時、新潟市から村長の孫娘が越してきた。上村澄子で、病気がちであったため街の喧騒を離れ田舎で療養と体力作りを目的に、祖父の元へと預けられた。
澄子は如何にも街から来た「お嬢様」といった感じで、村の子供の中に馴染めない様子だった。その澄子と仲良くなったのが石沢静子である。静子はまだ10歳に満たない年齢だったがどこか大人びた雰囲気を漂わせる娘で、風貌も田舎育ちとは思えぬ洗練された感じで、また都会人のような冷めた印象があった。石沢家が元々村の外から来た新参者であることもあり、そのため、静子も孤立した存在だった。似た気質の二人はかなり気が合っていたようで、いつも一緒に居た。二人は連れ立ってよく森に遊びに行っていた。
村の子供の中には澄子と静子の仲を疎ましく思う者たちもいた。輪に入らず勝手に行動している二人をおもしろくないと感じていた子供は少なくなかった。特に同年代のリーダーであった石田一汰や村内で最も多い一族である山田家のもと子は二人に目を付けていたようである。

・当日の様子
4月30日。澄子と静子に嫌がらせをするため二人がよく行く森に先回りすると、もと子が妹に告げる。もと子が一汰と前から計画していたことで、妹も誘われたが断ったので代わりに従兄弟の正夫が呼ばれた。この日の昼過ぎ、村民の何人かが三人が森に入り、その後、澄子と静子も森に行ったのを目撃している。
夕刻、澄子と静子のみが帰宅した。澄子は熱を出し話を聞くことは出来なかったが、静子が語るには森でみんなで楽しく遊んでいたという。暗くなってきたので帰ろうと言ったが一汰、もと子、正夫はもう少し遊びたいと森の奥に入って行った。それで静子は澄子と二人で戻った。
村民総出で夜通し山を探したが、結局三人は見つからなかった。

・森
子供たちが入った森は、以前に山火事のあった場所の近くである。

・澄子の帰郷
行方不明騒動があって澄子はずっと熱を出し、家にこもっていた。それから直ぐ、他の村民たちに顔を見せることなく両親の居る新潟市に戻った。
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by nurunuruhotep | 2008-11-06 21:20 | パンの大神 | Comments(0)