7.朽木清司

軍事関係の資料にその名前を見ることが出来る。

医学者。元帝国陸軍少尉(軍医)。軍の医療機関の一員であったが、日露戦争(1904~1905年)終結を期に脱退。脳医学の研究に従事していた。
軍を辞めた後の朽木の足跡は不明で、軍や医療関係の資料、新聞記事などを当たってもその名前を目にすることは無い。存命なら現在、66歳。

以下、軍事関係者や陸軍の内部資料などから得れる情報。

・養女
1905年10月、軍を辞める直後、朽木は「真理子」という16歳の娘を養子にしている。しかし、その一年後、1906年9月25日、真理子は他界する。公文書(戸籍等)に記載されている死因は肺結核。

・実験施設
朽木の所属していた機関にはきな臭い噂がある。貧民や孤児を集めて人体実験をしていたという。特に朽木がリーダーだった脳医学専門の研究グループは顕著で、行過ぎた実験により死人を出すこともあったらしい。あくまで噂の域であり、この件に関する資料を見つけることは出来ない。

・冴島啓介
朽木の居た医療機関の一員が彼の脱退と同時期に軍を辞めている。「冴島啓介(さえじまけいすけ)」という人物。現在は浅草に内科の個人医院を開業している。
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by nurunuruhotep | 2008-11-05 22:42 | パンの大神 | Comments(0)