06.牧立絵留

◎牧立絵留
津川学院大学付属病院に入院中。
事故時、割れたガラス片が左大腿部を裂き、動脈が傷付いたことにより大量の血液を失うが、輸血と手術によって一命を取り留める。幸い左腿の裂傷以外に目立った外傷は無く、早期回復が見込めると思われたが、事故後、意識を取り戻してはいない。
現在は救命病棟から外科病棟の集中治療室に移されている。これは絵留が稀有な細胞変化現象、ウィルクスランド症候群を発症している疑いがある為である。このことは担当医の判断で関係者以外には伏せられている。絵留の母親「牧立美都子(まきだて・みつこ)」には電話で伝えている。美都子は事故直後一度姿を見せたきり、病院に現れていない。

現在、牧立絵留は面会謝絶である。部屋は関係者以外の立ち入りを禁ぜられている。四十万公康と同様の理由で彼女の元にも常時一名の警察官が張り込んでいるが、その者も担当医の指示で室内の出入りが禁止されている。

・移植手術
牧立絵留は6年前にも交通事故に合い、腎臓と動脈の一部の移植手術を受けている。事故は当時彼女が住んでいた京都の自宅近くで起き、一緒に居た母親の「牧立絵理(まきだて・えり)」は処置の施しようが無く病院(京都中心の大病院)に運ばれ間も無く死亡した。ひき逃げで、犯人は不明のまま現在も捕まっていない。術後、絵留は順調に回復した。

⇒移植された臓器の秘密
6年前当時、絵留が運ばれた京都の病院の関係者(救命病棟スタッフ等)が知る情報。秘匿性の高い情報で関係者は簡単には口を割らないため交渉系の技能を駆使する必要がある。また、病院内に残る当時の資料からも同様の情報を入手出来る。その場合は、<医学>や<経理>など必要に応じたロールをさせること。当然、資料は非公開であるため普通に入手することは困難である。

絵留の移植手術には母親の臓器(腎臓)が用いられたが、術後暫くして容態が急変した。臓器が合わず、拒否反応が出た。早急に再移植の必要があったが、検査では父親は不適合であった。目処が付かない中、海外のドナー斡旋会社「BDDP(Big Dipper Donor Program)」社から臓器提供の申し出があった。直ぐに臓器の移植は行われ、今度はうまく適合しその後絵留は順調に回復した。
絵留の手術を行った病院とBDDP社とはそれまで接点は一切無かった。実際には、絵留の父親が手を回したもので当時のスタッフ(会計等)はそのことを知っている。

※6年前の事故、BDDP社については別項目も参照。
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by nurunuruhotep | 2010-09-10 17:06 | Descent with modific | Comments(0)