カテゴリ:螺旋のフィドラー( 11 )

「エーリッヒ・ツァンの音楽」はクトゥルフ神話にカテゴライズするには、ちょっと毛色の異なる作品だと思います。怪老の狂演奏など中々にホラーなシーンではありますが、特に神話生物が絡むでもなくノーマル(?)な怪奇譚です。

不思議なヴィオルが話の中心にはありますが、物語の舞台であるオーゼイユ街に着眼点を置き、シナリオを構築してみました。奇妙な街に迷い込んだ青年の怪奇体験ですよね、あの話。神話要素があるとしたらそこかなあと。

なんだかファンタジックな展開になったのはそんな理由からです。異界て何さ…まあ制作者の苦悩を慮ってくださると助かります。主にメンタル面で。

タイトルはまんまですね。Fiddlerという表現になんとか誤魔化そうという意図が見て取れて笑ってやってください。泣きますよ。ちなみにペテン師とか悪漢とかそんな意味でも使われるそうです。

シナリオの構造自体は非常にシンプルです。

楽しんでいただけたら幸いです。かしこ。

プロット
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安住 衿子(あずみ えりこ)
女性、22歳。元楽団員。罪の意識に苛まれ、塞いだ日々を送っている。
STR10 CON10 SIZ10 DEX14 APP15 INT12 POW13 EDU15 SAN50
耐久力10 dbなし
技能:聞き耳65%、機械修理35%、芸術(音楽知識)60%、芸術(歌唱)50%、芸術(ヴァイオリン演奏)40%、図書館50%、英語30%、ドイツ語20%

エリック松本(まつもと)
男性、震災時は52歳。浅草を中心に活動していた芸人。魂が抜けた屍と化し、魔の音色を奏でる。
STR15 CON18 SIZ13 DEX10 POW 1
耐久力16 db+1D4
武器:攻撃を行うことはない。
装甲:なし。貫通武器は1、その他は半分のダメージしか与えない。
技能:ヴァイオリンが命ずるまま、演奏を行うのみである。

思念体
異界の街の人々。意識は虚ろでコミュニケーションを取る事は出来ない。一括してこのデータを用いるが、数値を変動させても良い。思念体は耐久力が0になった場合、その場から消える。目撃した者は正気度ロール(0/1D3)。思念体が傷付くと現実世界の元の人間の精神に影響し、その者は受けたダメージと同じ値の正気度を失う。
STR10 CON10 SIZ12 DEX 8 POW11
耐久力11 dbなし
技能:<組みつき>25%
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【決着】

①時間経過
塔の上で20ラウンド経つと演奏は終了し、探索者は作業現場の元居た場所(舞台が埋まる地上のエリア)に戻る。この際、激しい疲労感に苛まれ、MPを1D10、正気度を1D3、<幸運>の失敗で<POW>を1ポイント失う。
作業現場での怪異は以降も続く。翌日以降も再び「門」を起動して異界に赴き怪異を止めるチャレンジは出来る。探索を放棄した場合、怪異はゆっくりと拡大し浅草を中心にネガティブな事件…自殺、行方不明、異常犯罪等々が多発するようになる。

②破壊
ヴァイオリンを破壊した時点で演奏は止む。異界の街と現実を繋ぐ媒体となっていたヴァイオリンが壊れたことでゲートに異常が起き、探索者の戻る先にズレが生じる。MPと正気度を来た時同様1ポイント失う。
探索者は舞台が埋まった個所と地上の間にある狭い空間に戻る。頭上を岩が塞いでおり、外に出る為には取り除く必要がある。<STR>100との抵抗(参加者の<STR>を合計)になり、失敗した場合は落石等で負傷し1D3ポイントのダメージを受ける。脱出する現実的な手段は大声で助けを呼び、外から岩を退けてもらうことである。演芸場の見取り図を把握しているのなら脱出の為の何かしらの助けになるかもしれない。
ヴァイオリンが破壊されたので以降は現場で怪異は起きなくなる。その後の作業で埋まっていた舞台が露わになるが、目ぼしい物は何も見付からない。ヴァイオリンの残骸とエリック松本の肉体は異界に取り残されたが、それを知る術は無い。

③封印
ヴァイオリンをケース(安住が所持していた)に仕舞うことがこのシナリオの最善の解決方法である。ケースはヴァイオリンの魔力を完全に封じる効果がある。
男からヴァイオリンを奪った時点で演奏は止むので現実世界の元居た場所に戻る。この際、MPと正気度を1ポイント失う。
ヴァイオリンを手にしている者は一分毎に<幸運>ロールを行い、失敗すると弾かずには居られない衝動に駆られる。弓が無い場合は棒状のもの、それも無い場合は指を用いる。一旦弾いてしまうとヴァイオリンの肥大した魔力によって異界の塔の上に送られ、エリック松本の次の新たな奏者と化す。この時、弾き始めるまで猶予を与えケースに仕舞うチャンスを作っても良い(<DEX>によるロールなど)。
ヴァイオリンをケースに封じることに成功すれば、以降現場で怪異が起きることはなくなる。作業は進み、埋まっていた舞台が地上に露わになった際に男性の白骨死体が見付かる。服装や所持品から死体が行方知れずだったエリック松本であることがわかる。

【報酬】
怪異の原因を突き止め事態の解決に至ることで正気度の報酬を獲得する。ヴァイオリンを破壊した場合は、1D6ポイントの正気度を得る。ヴァイオリンを封印することに成功した場合は、1D10ポイントの正気度を得る。
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【ゲート】
関東大震災が起きた同時刻(正午直前)に作業現場の舞台が地中に埋まるエリアで、楽譜に記された呪文を唱えると「門」が起動する。呪文を唱えた者は瞬時に別次元に飛ばされる。この時、MPと正気度をそれぞれ1ポイント失う。なお、目の前で人が消える光景を見た者は正気度ロールを行う(0/1D3)。

・転送先
市街地に出る。バラック小屋や長屋が犇き合い、近くに工場がある。煙突から立ち上る煙が空を覆い、重々しい橋の掛かる河川は暗く濁った色が映って陰鬱とした雰囲気を醸している。深川の貧窮区とよく似ているが、全体的な印象が一昔前のようで、現実離れした感じを受ける。人は歩いていたり軒先や路傍に座り込んでいたりするが、皆が無気力で話し掛けても反応は返ってこない。

この街は別次元の異界である。こちら側で呪文を唱えても現実世界に戻ることは出来ない。エリック松本の記憶が具現化しており、街並みは震災以前の深川の貧民街と似た構造を呈している。
街の外は濃い排煙によって没しており、その先に足を踏み入れた時点で現実世界のキーポイント(作業現場)に戻る。また、意識を失ったり、精神的な強いショックを受けた場合(一時的狂気)も同様。戻る際にMPと正気度を1ポイント失う。

【骨董屋】
安住が持っていた地図を頼りに件の骨董屋(エリック松本がヴァイオリンを手に入れた)を探した場合、見つけることが出来る。看板は無く、外から見る磨りガラスの窓の向こうに楽器らしきものが陳列されていることが窺える。
店内には古今東西の様々な楽器が不規則に置かれている。一見高価に思えるものが煩雑に山積みにされていたり、駄菓子屋で売られているような玩具が意匠をこらしたケースに入って展示されている。堀の深いいかつい顔立ちの老人が居り、ゴシック調のロッキングチェアに腰掛け、入店からじっとこちらを睨んでいる。

老人の表情は瞬き一つ無く仏頂面で、街や店のことはおろかほとんどの質問を無視する。探索者がこの場で不逞な行動(売り物を盗む、店を荒らす、老人に暴力を振るう等)を起こそうとした場合、それが行われる前に現実世界に戻る。この時、MPと正気度を1ポイント失う。

・ヴァイオリンのいわく
エリック松本のヴァイオリンについて聞くと、老人は抑揚の無い口調で次の内容を語る。
ヴァイオリンは16世紀に北イタリアで作られた年代物。魔女狩りで焼かれた村で制作され、魔女として断罪され処刑された者が所持していた。
その持ち主は不慮の死を遂げるいわくがある。ヴァイオリンには魔の魅力があり、弾かずには居られない衝動に駆られる。先人は狂乱の演奏に神経をすり減らしたことで様々なトラブルに合い死亡した。後に魔術に精通する者がヴァイオリンの魔力を抑える目的で専用のケースを作った。

・販売
店内の楽器は歴史的に価値のあるものからガラクタまで様々で、中には魔術的な品もある。それらは魔力が付与されたフルートやホイッスルと同等の効果がある。アイテムはルールブック等を参考に設定し、探索者が購入を希望するのならそれを認めても良い。その場合は資産を潰すほど高額な値段を提示したり、能力値の喪失など高い対価を支払わせる。店主の老人は超常の存在であり、商品を買った場合は必ずその対価を取り立てる(現実世界で事件や事故などで値段分の探索者の資産が喪失する等)。

【塔】
坂の上にエリック松本の住んでいた下宿は無く、代わりに西洋寺院の鐘楼めいた塔が高く聳えている。うっすらとヴァイオリンの調べが聞こえ、それは塔の上層から響いている。既存の曲ではない独特な調子の、心の奥底に訴える本質的原始的な音色である。
塔の内部はがらんどうで、所々に窓が空いていて日を取り入れている。螺旋階段が上に伸びており、途中に階は無い。上り切ると屋上に出る。

・コンサート
屋上にはステージがあり、何者かがヴァイオリンを一心不乱に演奏している。ステージの前には客席があり、人々が悦に浸った様子で聞いている。音色に悩まされる作業員と面識がある場合、客の中に知った顔があることに気が付く。話かけても反応は無い。彼らは現実世界で調べに誘われた者達の意識が具現化した思念体のような存在である。
ヴァイオリンを弾いているのはタキシード姿の初老の男で、青ざめた生気の無い顔で目を閉じたまま、体を激しく揺らして情熱的な演奏を披露している。

探索者がこの場所に到着してから20ラウンドの間、男…エリック松本の屍はヴァイオリンを弾き続ける。
男の演奏を妨害しようとすると客が幽鬼のように立ち上がり邪魔をする。邪魔の人数は探索者×2とする。主な攻撃は組み付きでダメージを与えようとはしない。
男は可能な限り演奏を続ける。説得は通じず、攻撃を受けても演奏を止めない。ヴァイオリンを取り上げるには男の<STR>15との抵抗ロールに成功する必要がある(複数で行う場合は<STR>を合計する)。ヴァイオリンは1ポイント以上のダメージを与えることで破壊出来る。

何かしらの方法でヴァイオリンの演奏が止んだ場合、或いは20ラウンドが経過すると、現実世界に戻る。
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【楽団】
大学の音響楽団に所属する者から安住衿子について話を聞くことが出来る。

・所在
安住衿子は震災後間も無く、大学を辞めている。大災害を目の当たりにしたことが余程心に堪えたらしいと彼女の仲間は思っている。安住は現在、埼玉にある実家に居る(安住の親から、心を痛めた娘が静養している旨の手紙を団員が貰っている)。

・師事
当時、安住はエリック松本についてこう語っていた。
貧民街でのボランティアの帰り、耳にしたヴァイオリンの調べに誘われ高台に登ると、塔の上(実際には火の見櫓)で演奏をする初老の姿があった。曲は出鱈目で煩雑なリズムであったが、魂を揺さぶられるような迫力に圧倒された。今まで培った自分の音楽の常識が根底から覆る思いだった。
彼の演奏に惚れ込み、教えを請おうとするも拒絶される。本人はどもりを相当気にしており、人付き合いが苦手なようだ。下宿に押しかてもその度に避けられるので、仕事場を突き止めこっそり拝聴する。ところがそこで奏でられたのは客に媚びた流行歌や下世話なコメディ芸ばかりで幻滅を覚えた。当人に大衆の前であの夜毎の情熱的な演奏を披露するべきだと進言したが、激しく窘められる。夜の演奏は人に聞かせる目的で弾いているのではないと言う。では何故弾くのか理由を問うが答えてはくれなかった。
彼の本当の演奏を世に知って貰いたいと安住は常々話していた。

【接触】
安住衿子は実家で塞ぎこんだ日々を送っている。家に篭り、無気力な状態にある。両親や周囲の者達は震災で受けた精神的ショックだと思っているが、本当はエリック松本に対する自責の念に駆られてのことである。彼が行方不明になった直接の原因が自分にあると思っている。

・真相
安住衿子の説得に成功した場合、彼女は涙ながらに当時を語る。
震災の起こる直前、演芸場の楽屋に忍び込みヴァイオリンをすり替えた。エリック松本には仕事用とは別に大事にしているヴァイオリンがあった。芸ではない真の演奏…夜毎奏でるこの世ならざる調べ…に用いる。彼はそのヴァイオリンを「貴女」と呼び、貴女の求めに従って体が勝手に動くのだという(安住は気取った芸術的な表現と解釈)。ならば、そのヴァイオリンを使えば夜と同じ演奏を舞台の上でもすると考えた。
思惑通り、エリック松本は舞台で「あの曲」を弾いた。ところが、演奏が始まって間も無く地震が起きた。逃げる観客の波に押され、外に出された。会場を出る際に見た舞台の上では、周囲の喧騒を他所に一心不乱にヴァイオリンを弾く彼の姿があった。
演芸場を脱出後、辺りは建物の倒壊が相次ぎ、方々から火の手が上がる状況で、促されるまま避難するしかなかった。

・封印
安住衿子はエリック松本が大切にしていたヴァイオリンが仕舞われていたケースを所持している。幾何学図形のような模様が彫られた黒塗りの木箱で、中にヴァイオリン(すり替えたエリック松本の仕事用)が収納されている。箱の内側にも表面同様、細かい装飾が施されており、蓋の裏側には歪な五角形が描かれている。<クトゥルフ神話>でその紋様が‘旧き印’に類するものであることに気が付く。
なお、エリック松本の仕事用ヴァイオリンに関しては凡庸な品である。

・骨董屋
安住衿子にエリック松本がヴァイオリンを手に入れた骨董屋について聞いた場合、彼女は四つ折の紙を差し出す。紙には簡易に描いた道順が記されている。骨董屋の場所を尋ねた際にエリック松本が書いたとのことだが、安住が地図と照らし合わせて深川の思しき場所を当たっても該当する店舗は無かったという。
実際に照合した場合、道は幾つか合致するものはあるがそこに骨董屋やそれに類するものは見付からない。
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【街並】
エリック松本が住んでいた場所は、貧民層が多く暮らす瑣末な景観の地区である。工場の側で、日中は鉄を打つような音が響き渡り、排煙で空気が濁っている。ベタ基礎(底面を板状に固めた)の倉庫や工業施設を流用した住居が多く、比較的地震の被害を免れている。また、震災以降、他の貧民窟から流れた者達が粗雑なバラック小屋などを建て住み着いている。
ここでは深川の一角と設定する。

狭い路地を入り、急な石段を上がった高台にエリック松本が暮らしていた下宿がある。三軒連なった木造二階建ての日本家屋で、大正に入るまで造船会社の社員寮であった。現在は一人身の日雇い労働者や書生などが間借りしている。

【聞き込み】
大家や住人からエリック松本について次のことを聞くことが出来る。

・震災当時の様子
地震のあった日の朝、エリック松本が出掛ける姿を住人が目撃している。普段同様の仕事に行く時の出立ちで特に変わった様子は無かった。彼を見たのはそれが最後で、震災以降エリック松本は下宿に戻っていない。

・演奏
下宿の裏の林に古い火の見櫓があり、エリック松本はそこで夜な夜なヴァイオリンを弾いていた。興味を引かれて近くに寄ったところ、櫓の上で熱心な演奏をする姿があった。曲は素人の耳には上手い下手がわかるものでは無かったが、総毛立つような鬼気迫るものを感じた。櫓は地震で崩れ、現在は残っていない。

・女
当時、エリック松本の所に足しげく通う女性が居た。「安住衿子(あずみ・えりこ)」、大学(任意)の交響楽団に所属する学生。学校の慈善活動(貧窮地区での炊き出し等)で街を訪れた際にエリック松本の演奏を偶然耳にし、弟子入りを志願した。元々人付き合いの不得手なエリック松本は頑として断ったが、それでも彼女は指導を請い熱心に訪れていた。
安住が震災の翌日に顔を見せた際には、エリック松本が戻らないことにひどく落胆した様子であった。それ以降、彼女は姿を現していない。

→骨董品
安住はエリック松本から(筆談で)次のことを聞いたと言っていた。
エリック松本には大事にしている特別なヴァイオリンがある。商売道具としては一切使わず、夜一人で演奏する時に使用する。
彼が話すには…
音楽家の道を挫折し、鬱屈した日々を送っていた時に何気無しにある骨董屋に入った。そこに陳列してあった古いヴァイオリンに心惹かれ、大枚を叩いて手に入れた。その後、骨董屋を探したが見つけることは出来なかった。精神的に参っていた時期なので記憶が曖昧なのかもしれない。
エリック松本の話から骨董屋は彼の住む深川及び周辺にあると推理した安住が調べたが、該当する店は見付からなかったという。

【部屋】
エリック松本は納戸部屋に暮らしていた。窓の無い暗く窮屈な間取りで、入居時に大家は別の部屋を勧めたが、他の住人との関わりを避けたいという本人たっての希望だった。

現在は元の納戸として使われており物置になっている。エリック松本の所持品はここに残されているが簡素な生活用品が主である。ヴァイオリンは無い(大家は震災後確認したが無かったと語る)。

・楽譜
エリック松本の所持品の中に楽譜がある。藁半紙を綴ったヴァイオリン用の譜面で主に既存の楽曲が手書きされている(タイトルも記されている)。
楽譜全てに目を通した場合、その中に一つ妙なものが混じっていることに気が付く。それは他と違い出鱈目な音階であり、曲として成立していない。五線譜の下にアルファベットで歌詞のようなものが添えられているが、意味を成す言葉ではない(発音は可能)。
この奇妙な音階とアルファベットはキーポイントの「門」を起動する呪文である。<クトゥルフ神話>或いは<オカルト>で次元の門に関わる魔術であることに気が付く。また、作業現場で音色を聞いている場合、<芸術(音楽)>で記された音階が何処と無く似ている感じを受ける。

【櫓跡】
下宿裏の林の火の見櫓は脚の土台部分のみが残った状態である。調べた場合、<目星>で土中に半ば埋まった折れた梯子の一部に文字が刻まれていることを発見する。

『飢 エル 貴女 ヲ 棺桶 ニ』
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【記事】
怪異が起きている場所にあった演芸場の震災当時の様子について新聞記事や公的資料から窺い知ることが出来る。地震直後は建物の崩壊までは至らず、その後の余震や地盤沈下によって倒壊した。建物が崩れるまで時間があった為、負傷者は多く出たがこの場所で死亡した者の記録は無い。脱出の誘導を行った者(演芸場スタッフ)から内部に誰も残っていないことを確認した証言が聴取されている。

【関係者】
演芸場の元従業員や演目を行っていた芸人などから次の情報を得ることが出来る。

・当時の状況
震災のあった日、午前中は落語の寄席が開かれていた。トリの大御所が早めに終わった為、余った時間の補填に芸人が舞台に上がっていた。前座や幕間の場繋ぎに舞台に立つ役割で、この時はヴァイオリン弾きの「エリック松本」が担当した。彼は流行曲を弾いたり、音階で言葉を話すように聞かせたり、コミカルな音を鳴らす芸を得意としていた。しかし、当時はそのいずれとも違い、聞いたことも無い曲を情熱的な(或いは必死な)様子で演奏した。客や芸人仲間が場違いな演奏に呆気に取られている中、地震が起きた。
震災以降、エリック松本は姿を消し現在まで音沙汰が無い。当時、建物が倒壊するまで全員脱出したはず(従業員が場内に残った者が居ないことを確認している)だが、混乱していたこともありエリック松本が外に出たところを目撃した者は居ない。内部に取り残された疑いはあったが、彼には周りから蔑視されていた部分があり、そのことを声高に訴える者は無かった。

・エリック松本
浅草界隈で活動していた初老の芸人。ヴァイオリンを使った芸をする。売れてなく、キャバレーや演芸場などで場繋ぎや不慮の際の代行で日銭を稼いでいた。発話障害がありどもりが酷く、筆談がメインの会話手段であった。その為、周りから差別的な目を向けられることが多く、本人も他者と距離を置いていた。若い頃は芸人ではなく音楽の道を志していたが、障害が元でトラブルとなることが多く挫折したらしい。
人付き合いは無く、一人で下宿暮らしであった(住んでいた場所を聞くことが出来る)。

→若い女
一度、演芸場の楽屋にエリック松本を訪ねて若い女が来たことがある。幾何学的な模様が装飾された箱…恐らくヴァイオリンのケース…を抱えていた。エリック松本は女を見るや否や真っ青な顔になり慌てた様子で外に連れ出した。娘か愛人か楽屋で憶測が飛び交ったが、戻った彼に聞いても一切答えなかった。

【見取り図】
演芸場の見取り図と現在の作業現場の状況を照らし合わせた場合、地面の陥没が著しく瓦礫や礎に地表を塞がれた個所に舞台があったことがわかる。
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【状況】
基礎工事の段階。瓦礫や土砂が陥没した個所に堆積しており、それらを取り除くことが現在の作業の主体。地盤が脆く慎重を要する現場にあって、妙な音色で集中力を削がれる作業員が続出している。

【作業員】
現場で働く者達から怪異についての具体的な情報を得ることが出来る。

・音色
聞こえるのは弦楽器の旋律…特に(多少音楽を知る者の話では)ヴァイオリンのそれに近い。合奏ではなく単一奏者によるもの。それまで聞いたことの無い曲調で、規則的なのか出鱈目なのか判別し難くく、そもそも曲として成立しているものなのかわからない。心の奥底や精神の本質的な部分に訴えてくるような不思議な調べだという。

・個人差
作業員全員が音色に対し一様な証言をしているわけではない。はっきりと聞いたと言う者もあれば、幽かに聞こえる、周りが言うのでそういう気になっているだけかも知れないなどと語る者も居る。多くから話を集めると、この現場で長期に携わっている者や几帳面な者(配慮に長ける、神経質)に顕著な聞こえ方をしていることがわかる(怪我をしたり、虚脱感に苛まれ仕事が手に着かなくなった者も同様な性質であった)。

・時刻
音色は個人により聞こえ方が様々で、断片的に聞こえたり、一日中耳にこびり付いて聞こえると言う者も居る。但し、話を総合すると昼前に特に耳にするという証言が多いことに気が付く(関東大震災が起きた時刻と同じ)。

・重症者
怪我をしたり音色に悩まされ精神的に就業が困難な者は仕事を休んでいる。現場を離れたからか音色が聞こえることは無くなったが、現場には二度と戻りたくないと語る。音色が聞こえていた時は他のことが手に付かず呆けた状態になる。現実感が喪失し、妙な景色を見る(夢か幻覚?)という。
それは…
空が排煙で覆われた暗く荒廃した街。くたびれ項垂れた様子の人々が地面に座り込んだり、重い足取りで徘徊している。煙突か塔のような高く聳える建物があり、そこから例の旋律が聞こえてくる。自分は坂道を登ったり降りたりを繰り返すのだが、頭の中がぼんやりしていてその目的がわからない。次第に歩くのも億劫になりその場に立ち尽くす。まどろむ意識に景色が薄らぎ何も見えなくなって、奇妙な音色だけが耳の奥でこだまする。

【過去】
震災以前、この場所には演芸小屋があった。寄席や手品、大衆演劇などが中心の娯楽場。地震とそれに伴う地盤沈下で建物は完全に崩壊した。

・埋まった舞台
丁度、舞台があった個所が地面の陥没が著しい部分と重なりそっくり地中に埋まっている。そこに周りの基礎土台の礎石が崩れ落ちさらに瓦礫が複雑に被さって地表を塞いでいる。現場で最も作業が困難な場所であり、怪異による作業員の影響も相俟って手付かずな現状。

【検証】
作業現場に長時間留まり、且つそれを数日間繰り返さない限りは怪異に合うことは無い。もしそうした場合は奇妙な調べを聴く。怪異が起きるタイミングは正午直前。それは心の奥底に響く弦楽器の不規則な音色で、これまで知るどの曲とも異なる。旋律が終わる十分余りの間、その場に留まった場合、意識が朦朧としMPを1D10、正気度を1D3ポイント失う。また、<幸運>を行い失敗すると<POW>を1ポイント喪失し、その場合は作業員の証言と同様の幻覚(自分が奇妙な街に居る)を見る。

・キーポイント
舞台が埋まっている個所には異界と通じる特殊な「門」がある。このシナリオの最も有効な解決方法は異界で弾かれるヴァイオリンの演奏を阻止することだが、その為には「門」を潜らなければならない。「門」は普段はこちら(現実世界)から入ることは出来ない。適切な時間…震災の起こった時刻に、適切な場所…舞台が埋まったエリアで、呪文を唱えることで「門」の効果が起動する。

正午にキーポイントに居る場合に<POW>ロールで幽かなヴァイオリンの音色に気が付くなど、時間と場所を印象付けるヒントとしても良い。
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浅草のしがない芸人、エリック松本はあるヴァイオリンを所持していた。奇妙な骨董屋で手に入れたそれは、弾かずには居られない不思議な魅力を帯びていた。手にすると指が動き、意志とは関係無しに勝手に曲を奏でる。弾いている間は恍惚な気分に浸り、最後まで意識を保っていなければヴァイオリンに魂を奪われてしまう…そう錯覚する、麻薬のような楽器。
ヴァイオリンの正体は邪神を信仰する中世代の魔女が作り出した、霊的エネルギーを外なる神々の玉座へと捧げるマジックアイテムであった。音色を聞いた者の精神力を奪い、神々の居る空間に送る。演奏する快楽に意識を委ねた者は魔の調べを弾き続ける傀儡と化すのである。

音楽家の道を挫折した初老の男はかつての若い頃を顧み、危険な魔の誘惑に気が付きつつも夜な夜な一人で弓を振るっていた。彼の密かな日課は、調べを耳にしそれが奏者の才能と信じた者の独善的な企てによって白日の元に晒されることになる。しかも、それは奇妙なタイミングであった。
偶然にも、魔の音色が大衆の前で奏でられた頃合と関東大震災が重なった。異質な事態に一度に大量のエネルギーがヴァイオリンに集まったことで、稀有な霊的状況が生じた。演奏を行っていた舞台が別次元の異界と繋がったのである。幸か不幸か、地震による陥没で舞台が地中に埋まり瓦礫で塞がれたことでゲートが明るみに出ることは無かった。
渦中に居たエリック松本は異界に飛ばされ、身も心もヴァイオリンに支配された。魂を失った男は恐ろしい楽器に操られるまま、塔の上で魔の調べを奏でる…。

震災から時が進み、被災現場の復興が本格的に始まった。以前、演芸場があった場所に新たな事業が着工した。その地中には、初老の売れない芸人が立っていた舞台が埋まっている。
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【舞台】
日本/東京、大正末期~昭和初期を想定。
設定の都合上、関東大震災(1923年9月1日)以降とする。

【導入】
関東大震災の復興事業に伴う作業現場で怪異が起きている。場所の設定及び事業の内容は任意で構わないが、ここでは場所を浅草、事業内容をダンスホールの建設とする。

作業員が不調を訴え、工期が遅れている。現場に居ると虚脱感に苛まれる。作業員の話では、時折、何処からとも無く奇妙な音色が聞こえ、それが耳に残って集中力を削ぐという。音色はヴァイオリンのようだが、近隣で演奏している事実は無い。作業中、呆然となり怪我を負う者も出ている始末。

探索の動機:
以下に案を示す。これら以外でも任意に設定して構わない。

①依頼
事業者側から探索者に怪異の原因究明の依頼がある。探索者のオカルトじみた案件に対する探索活動は「その筋」ではある程度知られている。
この場合、探索者は『作業現場』に関する情報を得易い。現場への進入、作業員への聞き取り、土地の資料の入手などをスムーズに行うことが出来る。

②知人
作業員と探索者が知り合いである。知人は虚脱感に苛まれ、耳の奥にこびり付く妙な音色によって精神をすり減らしている。
『作業現場』の情報のうち、作業員から得られる情報を持った状態でスタートする。

③取材
探索者が怪異の噂を聞き付け、自主的に探索を始める。オカルト雑誌の記者をしている等。
『作業現場』に震災以前、演芸場があったことを知っており奇妙な音色との因果関係を疑っていることにしても良い。
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