7.巣
斜面を降りると、切り立った崖に出る。崖の手前に大きな岩と岩が折り重なった洞状の場所がある。崖下はごろごろした岩のみで、目ぼしい物は見当たらない。
・キャンバスの薔薇
洞の内部に、三脚に取り付けられたキャンバスがある。
キャンバスには薔薇の園が不思議な色彩で描かれている。金や銀、メタリックカラーの薔薇、背景は原色を重ね虹のように奇妙な色使いで塗られている。
画風は結城の絵のタッチである。研究施設の写真を見ているなら景観が非常に似ていることに気が付く(但し角度は違う)。絵の右下に「to tokiko」と記されている。
キャンバスの背は洞の奥を向いているが、そこはただの岩の表面で何も無い。
◎色の残滓
ここで雨月珈琲堂のコーヒーの味の変化を試そうとした場合、次のことが起こる。
探索者の体を「何か」がすり抜ける。「何か」は見えないが、皮膚に粘つく蒸気に触れたような感覚がする。
この時、キャンバスを見ると、描かれた絵の色調が一変し、青空の下に鮮やかな深紅の薔薇が咲き乱れる美しい園の景色となる。それは一瞬で、すぐに絵は元のエキセントリックな色合いに戻る。
さらに<目星>で、洞から外に向かってうっすらとした細かな光の粒子が霧散するのを目にする。微かな光の粒は地面に付く前に消滅する。瞬時のことで、光の消えた個所には何も残っておらず錯覚にも思える。
持って来たコーヒーを口にすると、ほんの少し苦味が増したように感じるが、二口目以降はいつもと変わらない味である。
これは宇宙からの色の残滓が結城の記憶(ここで結城がいつも飲んでいたコーヒー)と呼応し起きた現象である。ほんの僅かな残りカスで、本来の力はもう無い。
色の残滓は完全に消滅し、以降、奇妙な現象が起こることは無い。